2020年5月3日日曜日

コピペ 「コロナ自警団」はファシズムか 自粛要請が招いた不安

 新型コロナウイルスの感染拡大で、政府による外出自粛の要請が長引き、「自粛」に従わない人を責めるような風潮が強まっている。10年にわたって「ファシズムの体験学習」に取り組んできた甲南大学の田野大輔教授(50)は、こうした動きも、「ファシズム」と無関係ではないとみる。どういうことなのか。

拡大する写真・図版「ファシズムは気持ちいいからこそ危ないと知ってほしい」などと語る田野大輔教授=大阪市

たの・だいすけ 1970年生まれ。京都大学博士(文学)。専攻は歴史社会学、ドイツ現代史。2021年3月まで、ドイツベルリンで研究中。著書に「ファシズムの教室」「愛と欲望のナチズム」など。

 ——新型コロナウイルスの感染者が発生した大学に脅迫電話をかけたり、県外ナンバーの車に傷をつけたりする「コロナ自警団」のような人たちが現れています。なぜだと思いますか。

 「『自粛』要請に従っていないように見える人たちを非難する行動は、『権威への服従』がもたらす暴力の過激化という観点から説明できます。政府という大きな権威に従うことで、自らも小さな権力者となり、存分に力をふるうことに魅力を感じているのです。

 みんなで力を合わせて危機を乗り切ろうとしている時に、従っていない人は和を乱して勝手な行動をとっているように見えます。『コロナ自警団』のような人たちは、異端者に正義の鉄槌(てっつい)を下すことで、普段なら抑えている攻撃衝動を発散しているわけです。ファシズムの根本的な特徴を体現しているといえます」

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 ——ファシズムですか。

 「そうです。私は、権威への服従と異端者の排除を通じた共同体形成の仕組みのことをファシズムと呼んでいます。こうした『自警団』的な行動は、今回の『コロナ禍』のように、社会に大きな不安が生じたときに生じやすい。公的な対策が不十分な中で、多くの人が自己防衛の必要にかられ、他人に過度の同調を要求するようになります。政府が『自粛』要請という形で、個々人に辛抱を強いることで問題を解決しようとしていたことが、結果的に人々の不安を増大させ、異端者への激しい非難を引き起こしたともいえるでしょう」

 ——ファシズムは、独裁的な権力のもとで生じるものなのでは。

感情揺さぶられ、いら立つ学生も

 「ナチスの研究でも、以前はそのような見方が一般的でした。しかし、この30年あまりの研究で、必ずしもそうではないということが明らかになってきました。人々は、上からの命令に無理やり従わされているわけではなく、自分の欲求を満たすため、進んでそれに従っているのです。ファシズムは、支持者にとって気持ちがいいもの、魅力的なものだったのではないでしょうか。学校でのいじめや新興宗教の洗脳、SNS上のヘイトスピーチなど、身近なところにもファシズムの仕組みがあると考えていいでしょう」

 ——2010年から、大学で「ファシズムの体験学習」という授業を実践されています。

 「授業では、教室でファシズムの成り立ちを学んだ後、約250人の受講生が白シャツとジーパンという『制服』を着て、グラウンドで屋外実習を行います。そこで、『ハイル、タノ!』の敬礼で指導者に忠誠を誓い、カップルを取り囲んで『リア充爆発しろ!』と糾弾します。

拡大する写真・図版ファシズムの体験学習で、統一された服を着て行進をする学生たち=神戸市の甲南大学、2018年6月14日、小川智撮影

 糾弾されるカップルは、あらかじめ仕込んだサクラの学生です。受講生たちが暴走しないように対策を講じていますし、耐えられないと感じた人は途中で抜けてもいいと伝えています」

 ——私も2018年に、授業に参加させてもらいました。自分の声が大勢の声と一体化してしまい、「何でも言えるな」という気持ちになりました。

 「指導者の命令に従って集団で行動していると、責任感がまひしてしまうのです。そして、集団から外れている異端者を排除したくなります。

 屋外実習の際、周囲のやじ馬の学生が乱入してきて、最前列で大きな声を出していたことに気づきましたか。

 毎回、集団の熱狂に感化されて、糾弾に加わる学生が現れます。機会に乗じて大騒ぎし、欲求を発散しているわけです。集団の力の怖さがよく表れています。

 さらに怖いのは、そんなやじ馬の行動に対して、受講生の間に『ふざけて加わってくる人が許せない』という感情が生まれることです。『制服を着ていないくせに入ってくるなという気持ちになった』という学生もいました。もちろん、そうした感情の意味もその後の授業で解説し、ファシズムの危険性に対する免疫をつけてもらうようにしています」

 ——授業で一番印象に残っていることは。

 「やじ馬の乱入に特に表れていますが、最初はネタとして始めたことでも、人々の感情を動員できてしまうということですね。この授業はナチス式敬礼をしたり、『リア充』を糾弾したりという、ネタ的な要素で成り立っています。それでも、受講生の中には感情を揺さぶられる人がいて、ちゃんとやらない人にいら立つといった規範の変化が生じます。

想像力が歯止めに

 今、ツイッターなどSNSを中心に、ネタ的なコミュニケーションが広がっています。最初は距離を取って冗談半分でやっていても、だんだんと気持ちよくなってきたり、達成感を感じ始めたりすることがあるわけです。誰かを排除することに深くコミットしていないつもりでも、安全ではありません」

 ——SNSでも、「コロナ自警団」のような書き込みが見られますね。どうすれば、ファシズム的な言動を避けられるでしょうか。

 「ファシズムの体験学習の受講生の中にも、糾弾されるカップル役の学生がかわいそうだと感じる人がけっこういます。相手も自分と変わらない学生であり、もしかしたら自分がその立場にいたかもしれない——という想像力が、糾弾をためらわせる歯止めになります。

 ナチスの時代にも、抽象的なユダヤ人には敵意を抱く一方、近所に住むユダヤ人には親しみを感じていた人が多くいました。具体的な血の通った人間に対しては、危害を加えることは困難です」

 ——ドイツでも、コロナを巡って特定の人たちを責めるような言動があるのでしょうか。

 「当初、一部でアジア人への差別的な言動が生じましたが、感染が拡大してからは、そうした動きはありませんね。早い段階で、政府が外出制限・休業補償などの対策を打ち出し、国民の支持を得たからでしょう。テレビや新聞の報道でも、感染を個人的な問題ととらえる視点が全くありません。個々人に責任を押し付けようとする日本とは対照的です。

 日本では、政府が『自粛』要請というあいまいな対策で危機をやり過ごそうとしたために、多くの人々の間で不安が高まっていますが、それが異端者をたたこうとする言動につながっているんだと思います。これを防ぐには、人々の不安を解消できるような明確な対策を打ち出すしかありません」(聞き手・杉原里美)

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 たの・だいすけ 1970年生まれ。京都大学博士(文学)。専攻は歴史社会学、ドイツ現代史。2021年3月まで、ドイツベルリンで研究中。著書に「ファシズムの教室」「愛と欲望のナチズム」など。


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